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影の光、檻の王

 俺の人生は、どん詰まりだった。
 仕事でヘマをやったせいで、近い内に組織から切り捨てられる未来が確定していた。せめて、今回の仕事で得た金を持ってバックレてやろうと思ったが、逃亡生活はどうせ長続きはしない。金の力では誤魔化せない焦燥感の中で、すぐに捕まってデットエンドだ。
 それでも、逃亡という選択肢は俺の寿命を少しは伸ばしてくれる。殺されるのを分かっていて、のこのこと仲間の元に戻るよりはマシに思えた。
 組織と決別することに決めた俺は、机の上に並ぶ札束をアタッシュケースに乱暴に詰め始める。この金を持って逃げるのなら、とにかく早く、この場を去らなければならない。
 詰められるだけの札束を押し込んだ鞄を持って、俺は部屋を出た。暗い廊下を進み、通用口に向けて足早に駆ける。仲間が俺の行動に気が付く前に、この建物を出なければ終わりだ。

 通用口を目前にして、電灯の明かりの下に出ようとした時だった。
 背後の暗闇から何者かの手が伸びてきて、俺の首を掴んだ。
 突然の襲撃に、俺は一瞬で凍りつく。「まさか、もう見つかったのか」という予測に、全身から汗が滲んで、血の気が引いていく。なにより、背後に接近するまで全く気配を感じさせない相手の不気味さに、俺は圧倒されていた。
「動くなよ、手荒なことはしたくない」
 そう云って、襲撃者は俺の背後でヒヒッと笑う。仲間の内の誰のものでもない、聞き覚えのない声だ。
「振り向かなくても良い。とりあえずは、これを読んでみてくれるか」
 俺の顔の真横へ、背後から何かが差し出された。硬直した首をなんとか回してそれを見ると、くすんだ緑色の表紙の、分厚い本だった。
「なんだ……これを……?」
「開いて、読める文字があるか探せ」
 要求の意味がまったく分からない。一刻も早くこの場を立ち去らなければならない現状で、こんな訳の分からない事に付き合っている時間はない。
 だがこの時俺は何を思ったか、その本に手を伸ばし、云われるままにページを捲った。そしてふと、とあるページで目が止まる。信じられないことだが、見たこともない筈の文字列の中に、一部だけ理解できる箇所があった。その箇所に目が止まった瞬間、文字列が、ぼぅ、と光を放ち始め、俺は自分の状況を一瞬忘れるほどに戸惑った。
「ヒヒッ、決まりだな」
 その光を見てか、俺の首を掴んだ手が離される。どことなく安堵したかのような声で笑ったそいつを、俺は緊張しながらも振り返る。
 そこには予想していたより随分と小さな背丈の、少年ほどの何者かが立っていた。
「こっちの事情は後で説明する。今は急いでんだろ?」
 そいつは、俺の持つ鞄を見て顎でしゃくり、早くここを去ろうと言い出した。
「まさか、ついてくるつもりか……?」
「まぁ、そうだな」
 確かに奴の云うように、今はここに留まっている場合ではない。こいつが何者かは知らないが、今すぐにここから移動する必要があるのは変わらない。
 迷っている時間はない。俺は通用口を開け、そこから周囲に人が居ないことを確認すると、扉を出た。外は雲ひとつ無い晴天で、燦々と太陽が照りつけていた。
 奴も、俺の後から扉を通って外に出る。
 嫌になるほど降り注ぐ眩しい陽光の中、奴の黒い立ち姿は、まるで影そのもののように見えた。そして、またあの独特の笑い方をして云った。
「これから、よろしく頼むぜ」
 
 これが、ザルチムとの出会いだった。

 予想外の同行者を得たラウシンの逃亡生活は、数ヶ月続いた。
 国外に出る術を持たない彼が、ここまで逃げ切ることが出来たのは彼の同行者――――ザルチムの力に依るところが大きく、ザルチムの優れた探知能力は何度も彼を救った。
 また、彼の国では各地で古い村を住宅地やビジネス街に作り変える建設ラッシュが続いており、建築需要に合わせて大量に移動する労働者に紛れることで、追手の目を掻い潜る事ができた。そうして彼らは各地を点々としながら、魔物と出会うことがあれば、戦う日々を送っていた。

 その日も、彼らは大規模な開発が進む地区の隣、まだ再開発の手が進んでいない田舎町に来ていた。日中のうちにその日の宿を探そうと、彼らは町中を歩く。通りは人々で賑わっており、隣接地域の開発で急に増えた需要に、活気づいている様子だった。
 そんな人混みを進む途中、ふとザルチムがラウシンを呼び、通りから建物の間の路地に入った。そのまま進み、突き当りを曲がって人気のない建物の裏側へ回る。
「どうしたんだ」
「少し、気になることがあったんでな」
 そう云って、道の途中で立ち止まる。そして、全身にある多数の目を開き、彼の探知の能力を発動させた。開かれた目はそれぞれ光を放ち、なんとも不思議な光景が現れる。流石にこの姿を人前に晒すべきではないと判断して、ここに来たのかとラウシンは納得した。
 しばらく能力を発動させた後、ザルチムは全身の目を閉じ、頭部にある両目だけを開いた。
「ラウシン、隣の開発地区に……ここからは結構離れてるが、そこに魔物がいるぜ」
「そうか」
 ラウシンは頷いて、ザルチムへ問いかける。
「どうする?行くか?」
「まぁ、これだけ近くにいるんならな。向こうと出会うのも時間の問題だ。奇襲されるより、こっちから向かったほうが良い」
「分かった。奴らの居る地点まで、行き方を調べよう」
 ラウシンから見て、ザルチムはこの王を決める戦いにあまり積極的ではなかった。彼の優れた探知能力を使えば、相手に気づかれる前に魔物を探し出し、先制攻撃を掛けることも可能であるはずなのに、彼はそれをしない。ラウシンの逃亡生活に同行するついでのように、立ち寄った町の周辺に魔物が居れば戦うといった有様だった。そんな彼の性分を理解してから、いつの間にかラウシンは、彼が魔物を見つけたときに、戦う気があるかどうか問いかけるようになっていた。

 彼らは路地を出てから、元々の目的であった宿を探した。同時に、隣の開発区に居る魔物の位置への行き方を調べている内に夜になり、二人は夕食を済ませて宿に戻った。
 宿の部屋で、ラウシンは今日調べた情報を元にした明日の計画をザルチムに語る。
「魔物がいる場所は、開発地のかなり奥にあるようだ。地元の奴らに聞いたんだが、労働者向けのバスはその手前までしか行かないらしい。だが、お前が言ったとおりかなり遠いからな、バスの運転手になんとか話をつけてそこまで行く。体力は温存しておきたい」
「いつもすまねぇな。迷惑かけるぜ」
 簡素な宿のベッドに腰掛けながら、ラウシンの話を聞いていたザルチムが云う。
「いや、気にしないでくれ。俺だってお前の世話になってる」
 ラウシンが云ったのは、ザルチムの探知能力についてだけではなかった。
 彼が、もう自分の人生は終わりなのだと、捨て鉢になっている時にザルチムは現れた。目標もやりたい事もなく、ただ無惨に死にたくないという一心しかなかった彼に、ザルチムは役割を与えた。ザルチム自身が魔界の王の座にあまり興味がないと分かった今でも、こうして彼と明日はどうするという話をし、考えることは、ラウシンにとってただ生き延びることだけを求めた逃亡生活よりも、比べ物にならない程良いものに思えた。
「じゃあ、明日はそういうことで良いな。俺は寝るが、お前はどうする?」
「今日は俺も寝る。だが、この部屋に物盗りが来てもすぐ気付くから安心して寝ていいぜ」
「頼もしいな」
 ラウシンが軽く笑い、ザルチムも彼特有の笑い方で笑う。
 そうして、明日の支度を整えた彼らは、早いうちにそれぞれの床についた。

 次の日、予定通り開発地区で働く労働者向けのバスに乗り込んだ彼らは、バスの運転手に袖の下を渡して、魔物の居る場所へ向かった。魔物の位置は、前日から移動しておらず、相変わらず開発地区の奥地に留まっていた。
 目的地でバスを降りて車を帰し、ラウシンは辺りを見回す。古い建物を壊した瓦礫が所々に残る、荒野のような場所だ。まだ建物の基礎を立てる準備すら出来ていない。見渡す限り視界を遮るものが殆ど無く、その中で、解体作業者の仮設の休憩所か、1軒だけぽつりと簡素な作りの建物が見えた。
「ザルチム、あそこか?」
 ラウシンは、その建物を指さす。
「ああ、あの辺に居る」
 ザルチムの返答に、ラウシンは警戒を強める。
 ここまで接近すれば、相手も自分たちに気付いている可能性は高い。わざわざこんなところに留まっているということは、待ち構えていたのかもしれない。そこまで予測を立てて、彼がカバンから魔本を取り出した時だった。
 仮設の建物の影から、中から何者かが現れた。
 二人に緊張が走り、ラウシンは直ぐに本を構えて、その存在を注視する。
 最初に見えたのは、大きな金の鬣。そして、馬のような四本足の体躯に鎧を身に着け、人型の上半身をしている。神話上の生き物のようなその姿に、ラウシンはすぐに魔物だと確信する。
 現れた魔物は、最初から彼らに気付いているようで、杖を携え真っ直ぐとこちらに向かってくる。その姿に、ラウシンは違和感を覚える。奴の本の持ち主である、人間が居ない。魔物単体では術が使えず、戦うことは出来ないはずなのに、そんな無防備な状態で何故向かってくるのか。
「話がある!戦う気はない!」
 向かってくる魔物は、歩みを進めながら、そう叫んできた。戦う気はない、という言葉にラウシンは眉を顰める。この戦いにおいて、そんなことがあるだろうか。だが、一体でこちらに向かってくる彼の様子は、確かに戦意が無いことを示しているようにも思える。
「ラウシン」
 困惑する彼に、ザルチムは相手の魔物を見据えたまま呼びかけた。
「アイツは一人じゃない、本の持ち主は常に奴の側に居る――――いつでも術は打てる状態だ。油断するな」
「わかった」
 ザルチムの言葉に、ラウシンは改めて魔物に向き直る。理由は分からないが、ザルチムがそう云うのならばそうなのだろうと、迷いを振り切って戦いに向け心を研ぎ澄ましていく。
「話をする気なら、それ以上近づくな!」
 四つ足の魔物が術の間合いに入る前に、ザルチムがそう叫んだ。ラウシンは、おや、と思った。ザルチムは、相手の魔物の話に興味を示しているようだった。
「戦う気がないとアピールしているつもりらしいが、俺にはお前が一人じゃないことは分っている。本当になにか話す気があるなら、そこで話しな」
 ザルチムの警告に、魔物はその場で足を止める。そして、言い当てられたことに驚いてか、目を見開いた後に、口の端を上げて笑った。鋭い牙が覗く、凶悪な笑みだった。
「そうか、お前にはそういう能力があるのだな。そして、ここに来た……これは僥倖だ。俺は運がいい」
 一人、嬉しそうに笑う魔物に焦れて、ザルチムは声を荒げる。
「さっさと本題を話せ!そんなに待つ気はねぇぞ」
「ふっ、そうだな」
 そして上機嫌そうに、杖を携えた魔物は語り始めた。
「お前は、『魔導巨兵ファウード』というものを知っているか?」

 そこから、四つ足の魔物が語った話は彼らにとって突拍子もなかった。魔界に封印されている『魔導巨兵ファウード』がもうすぐ人間界に送られてくる。複数の魔物の術の力で、その封印を解き、それを操って王の座を巡る戦いに利用すると、彼は語った。
「ファウードの力は強大だ。これを手にしたものが、確実にこの戦いに勝利するだろう。俺に協力すれば、お前にもその機会があるということだ。どうだ?お前にとっても悪い話ではあるまい?」
 説明を終えた魔物は、そう云ってまた牙を見せてニヤリと笑う。
「確証はあるのか?そのファウードが存在すること、人間界に来ること、それを操る方法があること。封印を解く魔物を集める前に、それが全部が揃わねぇと全く話にならねぇぜ」
 ザルチムは、冷めた態度で返す。そんな彼を、四つ足の魔物は鼻で笑った。
「近いうちに、ファウードは人間界に確実に現れる。お前は自身の能力で、その存在と強大さを知るだろう。操る方法は、ファウードが送られて来てからお前に教えてやっても良い」
「……つまりは、その話が本当だと示す証拠は、今は無いってことだな」
 さも自信有りげに語る割に、内容の伴わない魔物の返答に、ザルチムは呆れたように溜息を吐く。
「断っても構わんぞ。お前のその能力は惜しいが、協力しないと言うのなら今ここでお前を倒すだけだ」
 その魔物の言葉に、やはり戦闘になるのかと、ラウシンは相手を睨みつけて緊張を高める。本来はそれが当然の流れで、彼らもそのつもりでここに来ている。
「……」
 対してザルチムは、相手の煽りに乗ること無く、冷静な表情で考え込んでいた。
 両者の間に張り詰めた沈黙が流れる。しばらく続いたその膠着状態を、最初に破ったのはザルチムだった。
「わかった。とりあえず、そのファウードの存在を確かめるまで、休戦ということでいいか?魔物集めに協力するかは、その後考えてやる」
「ザルチム……!?」
 ザルチムの返答に、ラウシンは驚いて彼に向き直る。
「振り回してすまねぇ……そういうことでいいか?」
 彼は振り返ることなく、パートナーにそう訊いた。ラウシンは、その後ろ姿に今までの彼には見られなかった変化の予兆を感じ、少々迷った後に「わかった」とだけ返事をした。
 相手の魔物は、ザルチムの言葉に満足げな笑みを浮かべ、初めから変わらぬ高慢な口調で同意した。
「いいだろう」
 その後、その魔物は自身をリオウと名乗った。

「はー、やっとマシなところに落ち着けるぜ」
 白い壁の豪邸の一室で、長い金髪の男がソファにどかりと腰を下ろす。
「ホントによ、しばらくここに居られるってのは、ひと安心だな。あっちこっち移動すんのは疲れるぜ」
 軽薄な調子で一人話し続けるこの男は、リオウの本の持ち主、バニキスだった。
「ひと安心ではない、これからが肝要なのだ。ファウードの来訪は目前なのだぞ」
 リラックスした様子の彼に比べて、リオウは気が立っていて、落ち着きがない。
「そう気張んなよ。これからだってんなら、休める時に休んでおくべきだぜ」
 それを全く意に介さず、バニキスはソファの肘掛けにもたれ掛かり、寛ぎ始める。
「それより、もう少し俺に感謝してくれても良いんじゃねぇの?こんなお誂え向きな場所に、快適なセーフハウスを用意した俺の技量によ」
「ふん、俺の本の持ち主として、当然のことだ」
「あー……はいはい。リオウ様のお役に立てて、光栄だよ」
 顔を顰めてそう嫌味っぽく吐き捨てたバニキスを無視して、リオウはリビングを出た。バニキスはその後ろ姿をじとりとした目で見送った後、入れ替わりにリビングの入り口に現れたラウシンとザルチムを見つけ、がらりと表情を変えて妙に明るい声を掛けた。
「ああ、お前らも好きな部屋を使ってくれ。客人用の部屋もあるんでね」
 バニキスの言葉を受け、ザルチムは彼を一瞥した後、リビングに入ることなく無言で廊下を歩いていった。自分の部屋を探すのか、この建物を探索するつもりなのだろうと察したラウシンは特に彼を呼び止めはせず、そのまま見送った。そして、ソファのバニキスに向けて、純粋な疑問を投げかけた。
「何者なんだ?お前」
 ファウードの来訪が直前に迫った頃、リオウの持つ鍵が伝えた出現位置に合わせ、休戦中の2体の魔物とそのパートナーたちは、その近辺でファウードの出現を待つことにした。その際に、バニキスはこの豪邸を来訪までの仮の宿としてすぐさま用意してみせたのだ。
「世界を股にかける国際派エリートさ。まぁ、カタギじゃないがね。結構やり手なんだぜ」
 訊かれた金髪の男は、得意げに応える。そして、興味津々といった様子でラウシンを指差した。
「見た所、アンタもカタギじゃねぇよな。俺はアイツが来てから休暇を貰ってるが、そっちはどうしてんだ?」
「……組織は抜けた。今は何処にも属してない」
「あん?じゃあフリーランスで何かやってんのか?」
「いや、そういう訳でもない……」
 そう云って言葉を濁すラウシンを見て、「あぁ」とバニキスは一人納得したようだった。 ソファから身を起こして膝の上で手を組み、神妙な面持ちになる。
「抜けたって、そういうことか。逃亡生活って訳だ、大変だな」
「……」
 軽薄に同情されたことが不愉快で、ラウシンは返事をしなかった。
「なんで逃げたんだ?なにかしくじって、消される前に金持って逃げたのか?」
 追い打ちを掛けるようにずけずけと言い当てられ、流石に不快さを露わにしたラウシンに、バニキスは軽く笑って「落ち着け」とでも云うように片手を上げた。
「そう気を悪くするな。よくある話だろ、大体の想像はつくさ。自力で国境を越えられないお前のような奴は大抵すぐ捕まるが、お前は相棒のお陰でなんとかなってるってわけだな」
 無言を貫くラウシンに構わず、バニキスは一人話し続ける。
「運命的だよな。俺のところにはリオウが、お前のとこにはザルチムが来たわけだ」
「……お前も、リオウと会ってなにかあったのか」
 ようやく口を開いたラウシンに、バニキスはよくぞ聞いてくれたとでも云うような勢いで、身を乗り出した。
「そりゃあ『ファウード』だよ!まだ存在は眉唾だし、ちゃんと人間界に来られるかも分からねぇ。だがな、この話が本当だとすると、俺には堪らなく魅力的なんだよ!」
 突然、拳を握って熱弁を振るい始めた男を、ラウシンは訝しげに見つめる。
「リオウが言うには、世界を滅ぼす程の力があるっていうじゃねぇか。そんな強大な力をコントロールできるんだ。この俺が!その魔物のパートナーなんだ!こんな幸運があるか!?」
 興奮気味に語るバニキスを、ラウシンは馬鹿にして鼻で笑った。リビングの入り口にもたれて、呆れた口調で云う。
「裏社会でやってきた割には、随分と幼稚じゃねぇか。こんな世界、壊してやるってか?」
「デカい力を手に入れたいってのは、年齢問わずある奴にはある欲求だと思うがね。ま、別に幼稚で結構だが、お前だって『こんな世界壊れちまえ』って思ったことくらいあるだろ?」
 バニキスにそう返され、ラウシンは顔を顰める。そんな彼を見て、バニキスは図星を突いてやったと、満足げにニヤリと笑った。
「あとな、俺はリオウを好きになったんだよ」
「はぁ?」
 バニキスが口にした言葉の突飛さに、ラウシンは一瞬理解が及ばなかった。
 そんな彼に構わず、バニキスは先程の様子からは一変して、急に穏やかな調子で話し始める。
「まぁ、ファウードも魅力的だが、リオウを好きだって気持ちの方も、アイツに出会って得た、特別なもんだ。アイツは高慢なガキだが、中々見込みのある奴でね。ファウードには魔界と人間界を行き来する装置がついてんだろ?だったら、俺はリオウが王になった後は魔界に行って、アイツがどう成長していくのか見ていたい。それくらい、リオウの事が好きなんだ」
 バニキスは、ソファにもたれて噛みしめるように語り続ける。ついさっきまで「世界を滅ぼす力」などと、物騒なことを興奮気味に話していた男とは思えないバニキスの急変ぶりは、気味が悪い程だ。
「リオウと一緒に居る方が、せこせこ金を稼いで生きるより、ずっと楽しい。こんな気持ちになったのは初めてなんだよ。だから、アイツと出会えたことが俺にとっては運命なんだ」
 そう言って胸に手を当てて目を細めるバニキスの表情には、この男には無縁とも思える慈しみが浮かんで見えた。
 ラウシンは、情緒が乱高下するこの男が、最早不気味だった。魔物などより、得体が知れない。だが一方で、男の云うことに奇妙な共感を持った。
 自身もザルチムと出会ったことで、バニキスの云ったような、自分の人生に欠けていた何かを得た、そんな気持ちになってはいないか。
 そんな自問自答を経て、ラウシンはふと正直な気持ちを口にした。
「まぁ、わからんでもないな」
 それを聞いたバニキスは、ぱっと顔を上げ満面の笑みを浮かべる。
「だよな!お前もザルチムのこと好きだよな!」
 遠慮のない声量で明け透けな言葉を返されたラウシンは、こんな奴に共感などするんじゃなかったとひどく後悔する。やはりこいつは危険な男だ、下手に心を開いた会話などするべきではないと思った。
「だからよ、リオウにあんまり近づくなって、ザルチムに言っといてくれないか?」
「……はぁ?」
 またも彼に話の前後の繋がりが分からない事を言われ、ラウシンは困惑する。
「リオウのパートナーは俺なんだよ。そこんとこ弁えろって、伝えておいてくれ。お前もザルチムの隣に居たいだろ?」
「どういう意味だ?」
 ラウシンは、バニキスの言いたい事をいまいち掴めなかったが、どことなくザルチムを悪く言うような響きを感じて、不愉快さを露わにする。
「ま、そこは頼んだぜ。久々にガキ以外と沢山話せて楽しかったよ」
 ラウシンの反応を無視して、バニキスはそう言ってソファから立ち上がった。そして、入り口に立つラウシンの脇を抜けて、長い金髪をなびかせて颯爽とその場を去っていった。
「なんなんだ、アイツ……」
 一人残されたラウシンは、嵐に翻弄されたかのような思いで、その場に立ち尽くしていた。

 バニキスの用意したセーフハウスからしばらく歩いた場所に、山脈を見渡せる切り立った崖があった。その崖の上に、夜明け前の暗闇の中、リオウは一人佇んでいた。
「……」
 眉間に皺を寄せて唇を引き結び、張り詰めた表情で山々を見下ろす。
 鍵の示したファウード来訪の日時は、当日に迫っていた。もしも、鍵の示した通りに現れなかったら――――そうと思うと、彼の杖を携えた手には自然と力が入り、柄を握りしめて細かく震える。普段の高慢さとは打って変わった、誰にも見せないように隠している、もう一つのリオウの姿がそこにあった。
「リオウ」
 一人だと思っていたところに、不意に背後から名を呼ばれ彼は驚いて振り返る。
「ザルチムか」
 リオウのいる位置より少し下に、彼は立っていた。彼の姿は殆ど暗闇の中に溶け込んでいて、人間であれば視認することは出来ないだろう。
「お前、毎夜出歩いているだろ」
 そう言いながら、ザルチムは乾いた地面を踏みしめて坂を上り、リオウの隣に立つ。
「……それがどうした」
 側に来たザルチムへ警戒を向けながら、リオウは彼へ問いかける。
「無防備過ぎやしないか?お前がいない間に、俺達がお前の本の持ち主を襲うとは考えねぇのか?」
「愚問だな。お前達にその気があるなら、こんな所まで付いてくる前に、とっくにやっているだろう。そもそもお前にその気がないと判断した上で、俺はお前にバニキスの姿を見せたのだ」
「……そうだな」
 リオウの応えに、ザルチムは納得したように頷く。
「ザルチム、お前こそ俺と会った時に、なぜファウードの話を信じた?お前がかつて言ったように、俺はファウードに関する証拠をなにも示していないのだぞ」
「ファウードの話は、嘘にしては突飛すぎる。お前にはそんな嘘を吐く理由がない。だから、お前は嘘を付いていない……まぁ、お前の信じる通りにここに現れるかは、半信半疑だがね」
 応えながら、ザルチムは暗い山々から、段々と明るくなりつつある空に視線を移す。
「それに、見てみたいと思ったんだよ。お前の云うファウードが、どれだけデカいのか」
 ザルチムの言葉に、リオウは訝しげに彼を見やる。
「見てみたい?それが、お前が俺に協力する理由か?ファウードの力を得て、魔界の王になりたくはないのか?」
「おっと、俺はまだお前に協力すると決めたわけじゃないぜ。それを決めるのはファウードを見てからだ」
「そうか……そうだったな」
 そうして二人で話しているうちに、空は白み、遠くの山々から朝日が覗いた。その眩しさに目を細めながら、ザルチムは再びリオウに問いかける。
「なぁリオウ。ファウードは、どのくらいデカいのかね」
「ここから見える全てのもの、そのどれよりも大きい」
「それは……楽しみだな」
 僅かに武者震いをしたザルチムを見て、リオウはふと、自分はファウードの来訪が楽しみだと、思ったことがないと気付いた。彼のパートナーであるバニキスは破壊を楽しむ性分であるため、彼もよくファウードの来訪を楽しみだと口にしていたが、何故今更そんなことに気付いたのか。
 ファウード復活の計画を進め、一族の期待に応えて王となる。その一心で戦い、ファウードの来訪を待っていた。自分には王になる以外の道はない。その道程には、自身の感情を気に留める余裕などなかった。
(こいつと話すうちに……安心したのか?この俺が?)
 リオウは、朝日に照らされ目を細めている隣の魔物をちらりと見やる。
 彼は、まだ「協力する」と断言したわけではない。にもかかわらず、一人で山々を見つめていたときの張り詰めた感覚が、いつの間にか消えている。
 直感的に辿りつた考えにリオウが内心で戸惑っていると、朝日を見ていたザルチムが彼に向き直り、声を掛けた。
「そろそろ帰ろうぜ。お互い、パートナーを心配させたくないだろ」
「あぁ……そうだな」
 一瞬湧いた戸惑いを振り切って、リオウはそう返事をし、ザルチムの後を歩み始める。
 そうして朝日の中、二体の魔物は帰路についた。

「よお、二人で朝帰りとは、仲が良いじゃねぇか」
 リオウ達が帰りついた頃、玄関ではバニキスが待ち構えていた。
「夜遊びは楽しいよな。同じ年頃の遊び仲間が出来て、良かったじゃねえかリオウ」
「茶化すなバニキス、仲間などではない」
 バニキスの言葉に、リオウは不愉快そうに顔を顰める。そして一瞬、となりのザルチムを一瞥した後、先程口にしたことを誤魔化すかのように、直ぐに改まった口調でバニキスに語る。
「ファウードの来訪まであと数時間もないぞ。来訪後は、ファウード上部の居住区に移る。支度を整えておけ」
「はいはい、リオウ様の仰せの通りに」
 リオウがザルチムに視線を移す一瞬の仕草を、バニキスは見逃さなかった。しかしそれを指摘することはなく、いつもの慇懃な態度で通した。リオウはいつもどおりのバニキスに呆れるように鼻を鳴らし、彼の横を通って家に入った。
 リオウと同じようにザルチムも玄関を通ろうとした時、バニキスが彼の目の前に腕を突き出して壁に手を着き、彼の進路を塞いだ。
「……?」
 バニキスの行動に、ザルチムは無言で眉間に皴を寄せる。当のバニキスは、廊下を渡って自室に戻るリオウを見送り、その姿が見えなくなったのを確認してから、ザルチムに向き直った。
「『仲間などではない』だとよ、ザルチム」
 バニキスは壁に手を着いてザルチムの進路を塞いだまま、目線を合わせるよう身をかがめて、小声でそう云った。彼の声はいつもより低く、明確な敵意が込められていた。
「おい、聞いたよなぁ、リオウがそう言ったんだぜ。この意味がちゃんと分かるか?」
 ザルチムの返答を待たず、バニキスは続けて語る。
「お前はな、その目ン玉で魔物探しだけしてりゃ良いんだ。変にでしゃばるのは許さねぇぞ」
「……」
 ザルチムは無表情で、何の言葉も返さない。バニキスと視線を合わせることもなく、ただそこに佇んでいた。そんな彼に、バニキスは苛立ちを露わに顔を歪め、声を荒らげた。
「リオウの後なんか付けやがって……どういうつもりだ!一丁前にアイツのお供ヅラか?アイツのパートナーは俺なんだよ、お前分ってんのか!?」
 顔の間近で怒鳴りつけられても、ザルチムは微動だにしなかった。ただ目線を前に向け、あくまでもバニキスには目をやらない。そんな彼を、バニキスが憎々しげに睨みつけていると、ザルチムが帰ったのを察して玄関に向かっていたラウシンが、二人の様子に気付いた。
「おい、何やってんだ。ザルチムに絡むな!」
 そう云って、玄関へ足早に迫る。
 焦るラウシンに目をやり、それまで黙っていたザルチムは、ここで初めてバニキスへ向けてぽつりと呟いた。
「……お前がなんでキレてんのか、全く意味が分からねぇ」
 その言葉を聞いて、バニキスは馬鹿にしきったように彼を一笑する。
「はっ、子供だからわかりません、ってか?いいよなぁ、ガキは呑気でよ!」
「やめろ!いま厄介事を起こしたいのか!?」
 二人の間に割って入ったラウシンが、バニキスの肩を掴んでザルチムから引き剥がす。そして、彼の胸ぐらを掴んで玄関の壁に押し付けた。
 壁に押し付けられた金髪の男は、興奮した様子でラウシンに怒号を投げつける。
「うるせぇ!お前が言って聞かせないから、俺が直接言ってんじゃねぇか!」
 怒りを湛えた金色の瞳でラウシンを睨みつけ、全く怯む様子はない。ラウシンも、一歩も引く気はなかった。この危険な男をザルチムから遠ざけなければならないと、服を掴んだ手に力を込める。
 そんな必死な様子のパートナーに向けて、ザルチムは声を掛けた。
「ラウシン、そいつを離してくれ。今、余計なトラブルを起こしたくない」
 ラウシンは驚いて彼を振り向く。ザルチムは、全く冷めた様子でバニキスを見つめていた。
「ザルチムくんは賢い子だな。そんなにリオウと仲良しになりてぇのか!?」
「お前っ……いい加減にしろ!」
 尚もザルチムを煽るバニキスに、ラウシンは頭に血が上り、男の襟元を締め上げる。首元をきつく締められても、金髪の男は憎らしい程に不敵に笑っていた。
「うるさいぞ!何をやっている!」
 その時、騒ぎを聞きつけたリオウが戻ってきた。ラウシンがバニキスに掴み掛かっているのを見て、血相を変えた。
「おい!バニキスになにをしている!?」
 突進してくるリオウを見て、ラウシンはどうするか一瞬迷う。その時、「ラウシン、離してくれ」とザルチムから焦り気味に声を掛けられ、急いで抑えていた手を離し、バニキスから距離を取った。
 3人の元へ駆けつけ、バニキスを庇うように前に出たリオウは、険しい視線をザルチムへ向ける。
「どういうことだ、ザルチム」
「……お前の本の持ち主の方から、俺に絡んできた」
 ザルチムは、自分の言葉をリオウがどう受け取るのか、不安に思っていた。
 下手をすれば、ファウード来訪を目前にパートナーを人質に取ろうとしていたと、疑われても仕方がない状況だ。果たしてリオウは、自分の言葉を信じるだろうか。
「バニキス……本当か?」
 張り詰めた空気の中で、リオウが口を開く。
 訊かれたバニキスが、リオウの背後でバツが悪そうに応えた。
「あー……お前らがコソコソ二人で出かけるもんだから、気になってなにしてたか聞いたんだよ。まぁ、俺の聞き方が少々回りくどくて、ちょっと諍いになったってとこかな」
 服を正しながら、不貞腐れた口調でそう云った。リオウはそんなバニキスを振り返って訝しげな表情をする。
「なんだよ、俺が無事なんだから、それでいいじゃねぇか」
 そう言って両手を広げるバニキスに、リオウは諦めたように溜息を吐いた。
「俺の知らないところで勝手は許さんぞバニキス。さっさと支度をしろ!」
 リオウにそう一喝され「はいはい」と軽い返事を返したバニキスは、その場から退散した。廊下を歩き、奥の部屋に引っ込む。
 リオウは部屋に戻るバニキスを見送った後、ザルチムとラウシンに向き直った。
 そこで、一連のやり取りを見て、僅かに目を見開いていたザルチムと目が合う。なにか、驚いている様のザルチムを不思議に思いながらも、改めてその日の指示を出した。
「数時間後に、ファウードは来る。今日は出発準備が出来次第、出現地点へ向かうぞ」
「……わかった」
 ザルチムが返事をしたのを確認して、リオウは踵を返し、奥の部屋に帰った。

 朝日の差し込む玄関口に残されたラウシンとザルチムは、大きな諍いは回避できたと安堵した。
「アイツに言われたことは、気にするな。あの男はイカれてるんだ」
 ザルチムを気遣うラウシンの言葉に、彼は「あぁ、そうみてぇだな」と言ってヒヒッと笑った。
「昨晩は、リオウと居たのか?」
「あぁ」
 先程のやり取りとザルチムの返答に、「リオウと何かあったのか?」とラウシンは訊きたくなったが、それは無粋なことに思えて自重した。

 人間界に現れたファウードは、彼らの想像を遥かに超えて、巨大だった。山脈を跨げる程の、あまりの大きさに3人が呆然としていると、リオウが彼らを振り返り、誇らしげに宣言した。
「みたか、これが我がファウードだ……!」
 巨大な影を落とす巨人を背に、牙を見せてリオウは笑う。
「すげぇ……これはすげぇな、予想以上だ!最高だぜリオウ!」
 呆気にとられていたバニキスも、リオウにつられて笑い始める。これから自分たちが手にするものを前にして、子供のようにはしゃいでいる。
「どうだ、ザルチム!」
 金の鬣を風になびかせて、リオウはザルチムを振り返った。
「『ここから見える全てのもの、そのどれよりも大きい』と云った俺の言葉、なにも違わなかっただろう!」
「……そうだな」
「それで、お前はどうするのだ?魔物集めに力を貸すか?」
「ああ……そうしよう」
 ザルチムの返答を聞いて、リオウは満足気にニヤリと笑った。ザルチムはリオウに受け応えながら、どことなく上の空でファウードを見つめている。
 その巨人を見つめる横顔に、ラウシンは今までのザルチムには見られなかった、高揚感を読み取った。王の座を巡る戦いの中では、彼が見せたことのない感情だった。それは目的や、希望とも云うものかも知れない。それを持つことは、ただ生き延びようとするよりも良いことなのだと、ラウシンはザルチムに出会ってから知った。
 だからこそ、彼は決意する。
(これがお前の希望なら、俺は、こいつの封印を解くためになんでもやろう)
 それがたとえ世界に危機をもたらすとしても、ラウシンにとって重要なのは、自分がザルチムにしてやれることを実行することだった。彼は、ザルチムと出会って得た役割によって、ここまで辿り着いていたのだから。

 俺はリオウの腹の中で、リオウと出会ったときのことを思い出す。何度も何度も思い出して、あの時の高揚感をまた味わおうとする。
 お前とあの場所で初めて出会って、俺が金でお前を買い取った。自分が買われたのだと知った時、お前は俺に激昂した。俺はあまりにも怒り狂うお前が面倒になって、こう聞いた。
「じゃあ、どうすりゃいい?あの場所をぶっ壊して、金を取り戻せば満足か?」
 それに、お前は「それでいい」と納得した。その後は、本当に楽しかった。
 最初に金を出したことは、今でも後悔している。そんなことをせずに、最初からお前とあそこをぶち壊していれば良かったんだ。俺は、生きていく中でいつの間にか大嫌いなものに毒されていたんだ。本当は何もかもぶっ壊したかったのに、金でそれらを制した気になって、本当の自分を忘れていたんだと、お前に気付かされたんだ。
 俺はあの時から、お前が好きになったんだ。

「なぁリオウ」
「なんだ、バニキス」
「最初に会った場所……あそこで一緒に暴れまわった時、楽しかったよな。俺は、お前とまた、ああいうことがしたい」
「ファウードの復活が叶えば、いくらでも出来る」
「そうだな、楽しみだぜ」
 俺とリオウの会話はすれ違っている。リオウは俺の云っている「ああいうこと」の内容を理解していないし、俺もいま分かって欲しいとは思っていない。

 リオウ、お前は気付いていないが、お前はまだ檻の中に居る。きっと生まれたときからずっとそこに居て、そこはもうすぐ窮屈になってお前を絞め殺す――――周囲からの期待という銀の檻。
 この戦いで王になっても、お前は檻の中の王様だ。
 そんなの、なにかの冗談じゃねえか。
 お前はまだ外があることを知らないし、その場所こそお前の居場所だと信じているから、そうやって踏ん張っているんだろう。だが、そうじゃないと知った時、お前はきっとあの時のように全力で怒り狂う。
 その時に俺は居合わせて、またお前とお前を取り囲む檻を一緒に壊して回りたい。この巨人はきっと、そういう時に使うべきなんだ。

「……ザルチムが帰った。ちゃんと魔物と本の持ち主を連れ帰ったようだ」
 心地よく夢想していた所に、リオウの口から不愉快な名前を耳にして、俺は一気に気持ちが冷める。
「今からザルチムを迎えに行くぞ。他の者達にバレないように、お前は静かにしていろよ」
「わかったよ……」
 俺は大きく溜息を吐いて、ごろりと身を投げ出す。
 リオウの腹の中で両腕を投げ出して天を仰ぎながら、あの不愉快な魔物の事を思い出す。
 ザルチム――――アイツと出会ってから、リオウの様子が少しずつ変わっていく。アイツと居ると、きっとリオウは俺の好きなリオウからどんどん遠ざかってしまう。
 お前は孤高で、本当は自分を取り囲む世界が大嫌いで、俺と同じだったのに。
 そんなのは嫌だ、俺の方が先に出会ったんだ。リオウと一緒に居るべきは俺なんだ。
 だが、いつかリオウは魔界に帰る。俺も魔界に行くつもりでいるが、ファウードの転送装置が、王を決める戦いが終わった後に作動するかは分からない。

「俺も魔物に生まれたかったなぁ……」
 感傷的な気分になって思わずそう漏らすと、リオウが立ち止まって俺に向かって小声で声を荒らげる。
「静かにしろと言っただろうが……!」
「悪かったよ!……ちゃんと黙ってるからよ」
 リオウに怒鳴られた俺は意気消沈して、あまり音を立てないように深呼吸をする。
 ここは退屈だ。早くファウードが復活すると良い。

 退屈しのぎに、俺はまたリオウと出会った時のことを思い出す。アイツと一緒に破壊して笑う、あの快感。誰かと一緒に心の底から楽しむことが、あんなに幸せだなんて、知りもしなかった。また、あの幸せを感じたい。
 リオウは歩み始めたようで、コツコツと蹄の音が聞こえる。
 俺はその音を聞きながら、待ち望む未来を想って、今はじっとその時を待つ。

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